2011年4月21日木曜日

ガイガーカウンター

 昨夜はパリから一時帰国中のYさんを囲んで、知り合いの店でワインを飲んだ。Yさんは帰ってくるたびにフランスのエスプリが薫るお土産をくれる。きのうも、キジやウサギの絵が描かれた可愛らしいパッケージのテリーヌや、料理好きのやる気を掻き立てる本格的なブーケガルニがテーブルに並び、みんなが歓声を上げた。
 もうひとつ、今回Yさんが持ち帰ったものがあった。一見おもちゃの携帯電話のように見える、その黄色い外装のポータブル機器はガイガーカウンター(放射線量測定器)。実物を見るのは初めてだ。ウクライナ製で、Yさんが今月初旬に買ったときは270ユーロだったのが数日前には670ユーロに値上げされていたとのこと。測定機の背面に放射線を感知するセンサーがあり、線量を測りたいものの上にかざすと、前面のモニターに数値が出る。さっそくみんなで服の袖やテーブルやワイングラスや額にガイガーカウンターをあて、どきどきしながら数値を待った。何を測っても、毎時0.08マイクロシーベルト前後。報道で見慣れた、ここ数日の都内の数値と変わらない。

 今朝の朝刊で東大教授の藤垣裕子さん(科学技術社会論)が述べていた。
〈(原発事故後)ガイガーカウンターで放射線を測定して、数値をネット上で公開していた人が複数いました。少なからぬ人が、そのデータをもとに、東京を離れるかどうかを判断していたようです。ネットの発達でいろいろな情報が流通するようになって、かえって混乱を招いたという見方もありますが、私はプラス評価をしています。受け身ではなく、自ら測定して、次の手を考えた。市民の科学武装ですね。科学者が出せるのは確率でしかありません。どこまでのリスクを許容するのかを決めるのは社会機構です。同時に、情報をもとに市民が主体的にリスクを判断していく。その両方を協働させて、リスクを管理していくべきでしょう。〉(朝日新聞、オピニオン欄から抜粋)

 一昨日の夕刊には、こんなベタ記事があった。
〈車盗んだ容疑、自衛隊員逮捕 「原発怖くて逃走」〉
 3/13から福島県の郡山駐屯地に派遣され、放射線物質の除染作業の連絡役を務めていた3等陸曹が翌日「原発事故への恐怖心からパニックになって」、駐屯地から官用トラックを盗み、逃走したというもの。
 この男の行動をわれわれは「腰抜け」「職務放棄」と責めることができるだろうか?

 さらに、ここ数日の報道で僕が心痛しているのが、福島市や郡山市、伊達市の小中学校、幼稚園、保育園(計13施設)で、屋外活動が制限されることになったというもの。
 文部科学省が定めた基準によると、該当する13の施設では、校庭や砂場での屋外活動は1日あたり1時間程度にとどめる。手洗いやうがい、帰宅時に靴の土を落とす、登下校時にはマスクと帽子を着用することなどを勧めている。TVには、放課後、教室脇の廊下を使ってダッシュを繰り返す運動部の学生の姿が映し出されていた。学校の廊下は「走ってはならない」場所の筆頭ではなかったのか? 1時間だと、野球もサッカーもゲームをまっとうすることができない。いまの子どもが放課後にどんなことをして遊ぶのかは知らないが、60分のタイマーをかけられ、それなりの放射能を浴びながら「命がけで」遊ばなければならない彼らが不憫でならない。すべての子どもがマスクを着用し、黙して学校への道を歩くイメージは、まるでSFアニメだ。

 Yさんの話に戻ろう。彼は伊達や酔狂でガイガーカウンターを持ち歩いているのではない。彼の実家は仙台。大きな被害こそ免れたものの、心理的な面を含めご家族はダメージを受けているだろう。パリで震災の報に触れたYさん自身も、深く傷ついたことを僕はよく承知している。ガイガーカウンターはYさんの主体性のシンボルであり、これこそが“市民の科学武装”なのだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿